神明神社(野辺)   – しんめいじんじゃ –

由 緒

当社の創祀については詳かにし難い。礼伝によれば鎌倉時代末より室町時代にかけて大きな社殿が存したと伝える。江戸時代の『亀山墜誌』(明仙頃)には、村内に神明社、春日社、八幡社と山の神社があり、社司は松尾丹後とある。社司松尾丹後は神社明細帳によれば「旧神宮河曲郡野辺村上松尾愛胤十代以前房信時代、文禄年中類焼、記録等不残焼失候付不詳」とある松尾愛胤の祖父にあたる。松尾家は文政年間には山辺町の大井神社の社司を又安政年間には須賀町の阿目賀神社の社司を兼ねている。明治41年(1908)村内の春日社、八補社を合祀。同44年には河田町の川神社に合祀された。昭和26年氏子崇敬者の総意にもとづき川神社より現鎮座地へ分祀され現在に至っている。10月例祭湯立神事4月夜泣松神社の祭りで夜泣きする子供の夜泣きがやむという。

特殊神事

湯の花神事と湯の花神楽

 総代と三十路男性(現在は人手不足から30歳から40歳までとなっている)と神楽衆が中心となり秋の例祭において執り行う。早朝よりそれらの担当になったものは神社の拝殿近くに大釜を設置し、四方を竹で囲み注連縄を張り湯を沸かす。(以前は鈴鹿川で早朝より禊をし、担当のもの総出で鈴鹿川の湧き水を汲んで神前に供えるとともに、田にそれぞれ取り入れて釜にて湯を沸かし、神事の水+ -+ としていた。)沸かした湯を笹につけ自祓いをして神事に臨む。神事に臨む三十路男性を神子、又は仮禰宜と呼ぶ。祭典中は、神職の次に列せられる。祭主が大釜の前で大祓を奏上し、又大釜から水がふつふつと湧き立つ様子を見終わると神子が釜に笹を入れ、湯に浸してそれを参拝者に振り掛ける。そして、水の沸き立つ様子で翌年の農作物の収穫の吉凶を占うのである。その間、神楽衆は笛と太鼓を奏上する。

神社
コード
4219050
鎮座地 鈴鹿市野辺1-12-27
御祭神 《主》天照大御神、品陀和気命、天児屋根命、建速須佐之男命、保食神、金山彦神、多紀理毘売命、市杵島比売命、多岐津比売命、大山津見神
祭祀 例祭  10月
祈年祭 2月
大祓  12月
社夜泣松神社春祭 4月末