比佐豆知神社(寺家)   – ひさずちじんじゃ –

由 緒

当社の創祀並に由緒は、社伝によると、聖武天皇天平勝宝年間旧刹たる白子山子安観音寺と神域を共にし観音寺南側に位し、往昔は萱葦の神祀六宇に鎮り座し東面し北より秋葉金毘羅宮、富士権現、天神宮、熊野権現、神明宮、木立明神或いは富士権現と称し遠近の崇敬者多く特に両部神道の思想が強くうかがわれる、と伝える。又白子山子安観音寺は、聖武天皇の御願所、藤原不比等の建立ともいわれ、また此所に咲く不断桜のことが稱徳天皇の叡聞に達し、勅に応じて大内の南庭に植ゑられたが、一夜のうちに枯木となったこと等が伝えられている。さらに宗祗の句に、この桜の「冬咲くはかみよもきかぬ桜かな」の句もあり、子安観音寺の古さを物語っており、同時に当社の由緒の古さをもうかがうことができる。江戸時代に於ける当社の呼称は『伊勢式社案内記』や『伊勢国式内社宮地記』には木立明神と、又『布留屋艸祇』『神風徴古録』『背書国誌』などは富士(不盡)権現とあり、或いは子安観音寺の地主神として 崇敬されてきたのではなかろうか。明治41年(1908)同地の村社熊野神社他1社を合祀している。宝物等 棟札 2枚(延享2年〈1745〉2月15日在銘・亨保15年 〈1730〉3月5日在銘)
神社
コード
4219004
鎮座地 鈴鹿市寺家 3-2-20
電話番号 059-386-6871
御祭神 《主》五十猛命、《配》大屋津姫命、《合》抓津姫命、少彦名命、天照大神、伊弉冉尊、誉田別尊、天児屋命、速玉男命、事解男命、
祭祀 4月第2土・日曜日、獅子舞