飯野神社(長太旭町) – いいのじんじゃ –



由 緒
社伝によれば当社の創祀は保安5年(1124)2月と伝えられている。「明細帳」及び『吹上藩明細帳』によれば土宮或いは飯野神社と呼び、正和5年(1316)の洪水により社地を移転している。又宝永6年(1709)の棟札には「延喜式内勢州河曲郡北長太村飯野神社寛永六巳丑歳九月一二日」とあり、伊勢国河曲郡 式内飯野神社と称している。しかし普通は土宮と呼ばれていたようである。明治39年の「神社明細帳」記載の神社名は、飯野神社・須賀神社・長太神社合殿で記載されており、後年飯野神社と単称したものと推定される。又一説には幕末までは「土の宮」と称していたが、明治2年前後に鎮座地の地名北長太村字飯野里から飯野神社と社名改称されたとも言われている。明治40年には9社を合祀している。宝物等 『式内社調査報告』(前掲書)には明治12年上進の『寶物目録』により、棟札1枚(寛永14年《1637》)の存在が報告されている。又宝永6年の棟札1枚は現存している。| 神社 コード |
4219017 |
|---|---|
| 鎮座地 | 鈴鹿市長太旭町 1-11-34 |
| 御祭神 | 《主》宇迦之御魂神、《配》建速須佐之男命、鵜葺草葺不合命、《合》保食神、大山津見神、猿田毘古神、大宜都比売神、速秋津日子神、速秋津比売神、阿夜可志古泥神、伊邪那美命、速玉之男命、黄泉事解男命、菅原神、底筒之男命、中筒之男命、上筒之男命、多紀理毘売命、市寸島比売命、多岐津比売命、正哉吾勝勝速日天忍穂耳命、天之菩卑命、天津日子根命、活津日子根命、熊野久須毘命 |
| 祭祀 | 天王祭(8/1に近い土曜日) 山曳 獅子舞 |
