服織神社   – はとりじんじゃ –

由 緒

当社の創祀については詳かにし難いが、江戸時代には八幡社あるいは神明の社と称され近郷の崇敬を集めていた。社伝及び昭和27年(1952)神社明細帳の由緒欄には、本社が延喜式内社で、元は神明の社と称し、また服織神社と申し伝へて来たので、旧和歌山藩において神社調査が行われた際、 その旨を上申したところ、その後調査されて式内社服部神社の社号を用いるに至ったとされており、さらに「古記ニ曰ク」として大永8年(1528)の記文を掲げ「明治八年一二月元教部省二於テ、本社式内ノ社二御確定二相成候旨御達有之候、其他来歴不詳」と述べられている。明治40年、氏子区域内の無格社日吉神社以下11社、同四十三年には八柱神社他1社合祀している。
神社
コード
4219055
鎮座地 鈴鹿市御薗町 2019
御祭神 《主》栲機千千姫命《合》息長帯姫命、天児屋根命、国狭槌之命、木花開耶姫命、武御名方命、須佐之男命、大山祇命、大己貴命、伊弉冉命、速玉男命、事解男命、五男三女神、誉田別命、菅原道真、武内宿禰
祭祀 例祭 祈年祭 新嘗祭