長瀬神社   – ながせじんじゃ –

由 緒

当社の創祀については詳かではない。伊勢国鈴鹿郡長瀬神社が当社に当たる。『亀城兎園記』(元禄成立)をはじめ『宝暦九年八月上進神社記』にも「鈴鹿郡長澤村長瀬神社延喜式内」とあり近世も早い時期より延喜式内長瀬神社と称している。『宝暦神社記』は祭神を「祭所住吉大明神」としており、住吉神としての信仰が篤い神社で江戸時代と通じ近郷の人々の氏神として崇敬されていた。明治8年、式内長瀬神社として決定をみ、明治40年頃、長沢地内の諸社を合祀して、明治44年2月、字北帝より北能褒野に遷座して現在に至っている。尚、新社地は合祀したものと武備神社の鎮座地であったところである。

特殊神事

ゆまつり神事

 鈴鹿市の長沢町では、新しい年を迎え「祈年祭」を終えた後、3月になると間もなく「ゆまつり」が行われる。毎年春を迎えると、地域を流れる「御弊川」の上流で堰を作り、その井堰水を約5キロ下流の長沢まで導く水路の整備を、地域挙げて共同作業で行うのである。井堰水を引き込む近くの土乎の平らなところには、水神様を祀る祠があり、その作業を終えた後、水利組合の役員さん全員が祠の御前にうち揃い、神職の奉仕により神事を斎行し、日はひねもす夜は夜もすがら、和き水の甘き水のいや多にいや広に恵み授け給わんことを祈願する。祝詞奏上後、井堰水の取水囗で、上流に向い、又少し移動し下流に向い、最後にその中央に立って大麻と切麻でもって祓いの儀を行う。その後斎主、参列者玉串を奉り拝礼して神事を終える。その後、水利組合の役員さんは1年間水門の管理、水の手配、各ゲートの管理等を行うのである。水神様を祀る祠は井堰のある畔で、人里離れ普段は草が生い茂る静かな中にあり、産土大神、水波能売大神、植山姫大神、天水分大神が御座し、田つくりの業に勤しむ里人を守って下さっている。

 ところで、「ゆまつり」の「ゆ」は本来温かい「湯」を意味しているといわれている。冷たい川の水を井堰から導く時、温かい水となって水田で働く人々を喜ばせ、水田の稲も温かい水をもらってすくすくと伸びるようにと人々の祈りをこめたことばであったようである。従ってその水を「大湯水」といったのである。

 また、井堰の水を引き込むことから「大井水」 (おおいすい)ともいわれ、もともとこの灌漑用水の水について両方の言い方があったようである。しかし、後世この2つのことばの区別がなくなり、自然の恵みに対し祈りの気持ちをこめて、多くの地域で「大井」と書いて「おおゆ」といっている。したがって、灌漑用水路の溝さらいの作業も「ゆざらい」と呼ばれている。

 素朴な時代の農村の姿を髣髴とさせる。今なお、そうした伝統行事が地域総出で行われていることに意義深いものを感じると共に、大自然の恵みに感謝し祈る心を大切に、末永くこの行事が守られることを願わずにはいられない。

神社
コード
4219066
鎮座地 鈴鹿市長沢町2201
御祭神 《主》倭建命《合》底筒之男命、中筒之男命、表筒之男命、品陀和気命、天照大神、天児屋根命、宇迦之御魂命、大国主命、別雷命、大伴武日命、速玉之男命、伊邪那美命、大事忍男命、水波能売命、火之迦具土命、速須佐之男命、大山祇神、木花之佐久夜毘売命