三宅神社(三宅町)   – みやけじんじゃ –

由 緒

『三国地誌』に、俗正一位手力(ちりき)明神を称すとあり又棟札(天文・元亀)にも千力大明神とある。社名の由来は不詳であるが、この社の西を「ちぎりはま」と呼んでおり、この名にちなんだものと推定される。さて当社の鎮守する集落は、中の川沿岸で、宇御法にある。この地域は鈴鹿屯倉(みやけ)が置かれた所として著名であり、中ノ川と田中川に挟まれた古墳の密集地帯に属しており、長法寺付近から御薗・稲生付近に古墳群があり、同時に徳居・三宅・南方の三行にかけての丘陵は県下でも有数の須恵器窯跡群の所在地であることからも古代より開発されていた地域であることが知られる。明治6年3月村社に列格。明治40年(1907)11月、同大字にある無格社全部を合祀、翌年には村社長法寺神社も合祀した。尚、当社には移転説があり、その旧地は明治19年の地籍図から推して長法寺村の東北にあたる字古里の地を指すとのことである。
神社
コード
4219057
鎮座地 鈴鹿市三宅町 1259
御祭神 《主》天手力雄命《合》金山毘古命、稲倉魂命、豊宇賀売命、迦具土命、誉田別尊、大鷦鷯尊、足中彦命、大山祇命、素盞嗚命、天鈿女命、木花咲夜毘売命、天児屋根命、猿田彦命、国狭槌尊、稲田雷光神、大日命
祭祀 例祭 祈年祭 新嘗祭