川俣神社(西富田町)   – かわまたじんじゃ –

由 緒

西冨田町は安楽川の川沿いにあり、往古は庄野から亀山に通じる東海道の道筋に面して賑わった地域であり、当社は、この町の南端に鎮座する。『亀城兎園記』の西富田条に「社八玉子・八幡・天神 貮拾五間四間 村之西」とあり、古くは八王子と称されていた。現存している当社関係棟札によれば、中世近世を通じ宝殿その他社殿の造営が行われているようにみられる。特に正和2年(1313)、貞治6年(1367)、至徳3年(1368)の練札については「西富田村とその周辺」にその概略が報告されている。明治4年(1871)8月郷社に列格し祠官が置かれた。同41年(1908) 6月中富田町の川俣神社と共に和泉の川俣神社に合祀された。その後昭和23年(1948)氏子の総意により分祀され同26年宗教法人として届け出、現在に至っている。

特殊神事

獅子舞神事 神事日時 毎年10月10日近い土曜日

4219062 川俣西冨田 特殊神事4

4219062 川俣西冨田 特殊神事3

 一説には文政年間、村中に疫病が蔓延したので山本村の一宮椿大明神(椿大神社)の獅子舞による祈祷をお願いしたのが起こりで、その際、椿大明神から獅子頭を拝領し村人による獅子舞神事が始まったと伝えられている。

 現在の獅子頭は、およそ170年前に鈴鹿郡田村の大工棟梁谷本文治氏によって奉納されたと伝えられており、又、椿大神社から拝領の獅子頭は通称「ふると」さんと親しまれ、毎年秋の祭礼の日に本殿前に飾られることになっている。

 舞については、初段の舞、起しの舞、扇の舞など7節・7段から構成され、いわゆる山本流の流れを汲んでいるが、永い年月の間に独自の舞が生まれている。尚、湯たて行事には藁、棕櫚で作った偉大な陰・陽物をお頭役が供える風習があり、その光景は正に盛観である。現在の獅子頭は、およそ170年前に鈴鹿郡田村の大工棟梁谷本文治氏によって奉納されたと伝えられており、又、椿大神社から拝領の獅子頭は通称「ふると」さんと親しまれ、毎年秋の祭礼の日に本殿前に飾られることになっている。

 舞については、初段の舞、起しの舞、扇の舞など7節・7段から構成され、いわゆる山本流の流れを汲んでいるが、永い年月の間に独自の舞が生まれている。尚、湯たて行事には藁、棕櫚で作った偉大な陰・陽物をお頭役が供える風習があり、その光景は正に盛観である。

神社
コード
4219062
鎮座地 鈴鹿市西富田町 709
御祭神 《主》多紀理毘売命、《配》経津主命、武甕槌神、玉依毘売命、品陀和気命、息長帯比売命、崇徳天皇、大穴牟遅命、金山毘古神、八衢比古神、八衢比売神、久那斗神
祭祀 祈年祭 例祭