大井田御厨神明神社 – おおいだみくりしんめいじんじゃ –



由 緒
『宝永8年(1711)村差出帳』に、「神祠は氏神 牛頭天王、正八幡宮」とある。『伊勢輯雑記』では、「生土神の社 俗に新宮と号す、祭神五座、天照皇大神宮、八幡宮、観音菩薩其の余二座、拝殿あり、石燈龍二基拝殿の前に在り、社頭東向、村の生土神也、夫当社は中古迄村内所々に鎮座の神社を合祀する。牛頭大王社 竹宮と号す、村の北田の中に在り、夫当社は旧社地也、古城主出口右近の生土神にして、其の昔社境地中悉く竹薮也、依て今に竹の宮と称号あり。稲荷大明神社 三井の内東に在り、社頭南向、三井の生土神也。」とある。『続員弁雑誌』に、「厳島神社 字弁天にあり、祠東向、社の東に池あり、水清く 水湧出、東へ出南へ流るるなり、池の南崩石垣の上に東向に石碑あり、祭日は例年8月25日なり、社地は宇賀川の北にあり、鳥居は宇賀川の南にあり、宇鳥居場と云。山神 字西条、東向にあり、小祠也。山神 字三井、南向にあり、小祠也。山神 字東条東向にあり、小祠也。」とある。『員弁郡郷土資料』では、「大日霊貴尊を祭神とし、春日大明神、品陀和気命、大山祗神、高野神社を合祀す、境内に八坂神社、稲荷神社、山神社、厳島神社を合祀す、その創建詳かならざれども、『神鳳抄』に内宮大井川御厨三石とあるを見れば上古よりありしものの如し。」とある。昔は春日神社と称したが、明治22年(1889)今の社名となった。特殊神事
弁天祭り
昔、大井田の西部の田圃は水田の水が少なく農家では大変困っていた。
文久3年(1863)夏、庄屋『 因 善六郎 』は砂(す)具(ぐ)道(どう)の地に水源が在るのを発見、難工事の末に導水に成功し、早魃を免れるようになった。 村民はその神明に感謝し、因氏の功績を讃えて毎年8月25日(近年ではこの日に近い土曜日を選ぶ)に弁天祭りと称して、砂具道の厳島神社跡地に行き水汲み神事を行い、水を汲み取って持ち帰り本社の神前に供える。そして夕刻には山曳き神事が行われる。
山曳き神事
村民は高張提灯を灯し、山車を曳いて砂具道の厳島神社跡に行き、水汲み神事をして水を汲み取り、持ち帰り本社の神前に供える。行列は山車・区長・御弊・水桶・神官・氏子総代の順に進み、山車は青年会(今は山車保存会)の太鼓6人、鐘六人、笛10人で菅笠、手甲、襷の服装で、独特の太鼓の調子に合わせて行進する。
| 神社 コード |
4202071 |
|---|---|
| 鎮座地 | いなべ市大安町大井田1169 |
| 御祭神 | 《主》大日孁貴命《合》天児屋根命、須佐之男命、品陀和気命、市杵島姫命、大山祇神 |
| 祭祀 | 春祭 3月初旬 弁天祭 8月下旬 秋祭 10月初旬 |
