鳴谷神社 – なるたにじんじゃ –



由 緒
伝教大師(最澄)が唐から帰国して、天台宗の大本山・延暦寺を建立するに当たり、母が日枝の神を崇め祈願したら自分が生まれたといふことからして延暦寺の守護神として、日枝の神を上社・中社・下社各七社計二十一社の祠を建て斎奉ったもので、当時は山王権現と申し上げ、後に日枝大社と申し上げるようになったといはれています。大師が人皇第51代平城天皇の大同年間、布教の為に藤原ケ嶽中腹の小高い場所に聖寶寺を建立するに当たり、当時は山中の寒村であった此の郷を坂本と名付け、その山裾に21社の小宇を建て守護神としてお祀りしましたのが始めであります。村の人は山王さんと称へていましたが、下って元亀元年(1570)伊勢長島一揆が起こるや、織田信長は、その臣滝川一益をしてこれを鎮圧せしめました。一益は余勢を駆って北勢員弁地方の神社仏閣をことごとく焼き払い、当社も聖寶寺もその難を免れることができませんでした。時は移り、万治2年(1659)聖寶寺が臨済宗妙心寺派の僧により再建され、天台宗から臨済宗と改宗になったとき、山王社は坂本・大貝戸両村民により、村の氏神として現在地に祀られ崇められて今日に至ったものといわれています。社殿は万治3年(1660)に改築、文化3年(1806)に再改築との記録があります。直近の記録としては昭和8年(1933)改築され現在に至っています。社名・鴨谷神社については、明治以前は日吉山王社と申し上げていましたが、明治以後は境内を流れる鳴谷川に因んで鳴谷神社と改称され、明治39年(1906)12月、三重県告示第三〇八号により神饌幣帛共進社に指定、村社と制定されました。特殊神事
曳山行事
藤原町坂本地区では毎年10月の鳴谷神社の例祭には曳山行事が行われます。曳山行事は読んで字の通り「山車を曳く行事」で、坂本では「山車」を「やま」と呼び、子供から古老に至まで、すべての人々に親しまれ愛されて、長年、この行事が続けられ守られてきた。
この鳴谷神社は坂本・大貝戸両地区の氏神社である為、この日は大貝戸の太鼓山車を曳く行事も同時に行わる。坂本の曳山車行事は午後1時頃より曳く昼山車と午後7時頃より曳く夜山車(古老はよい山車と呼んでおります)があり、地元の人々は勿論の事藤原町内・町外の見物客も沢山訪れる。
特に夜山車は坂本の山車と大貝戸の太鼓山車の提灯に明りが灯されて、藤原岳をバックに二つの山車が浮かび上がり、威勢の良い若者の音頭を取る声、囃子方による囃子に合せて、山車を曳く人々、両者の山車が繰り広げる、力自慢の駆け引きは、圧巻かつ勇壮であり、一大絵巻とも言え、見る人を感動させるものがある。
曳山囃子
藤原町指定文化財第1号(無形文化財)。坂本地区では、鳴谷神社例祭(毎年10月)に曳山行事が行われる。滋賀県長浜の山車を原形にしたと伝わり、桐山弥七という宮大工が明治15年に完成させた。
山車の2階では囃子方による曳山囃子が奏でられる。囃子は3曲あって、祇園囃子、しゃぎり、山車おろしといい、昔は囃子を奏でる区間が定められていた。
昭和58年に藤原町の文化財第1号に指定となり、坂本地区ではこの由緒ある囃子を後世に伝えようと、同60年から小中学生を対象に、囃子の練習を行い、保存に努めている。
太鼓山囃子
鳴谷神社の祭礼には、大貝戸の太鼓山と坂本の曳山が出る。大貝戸の太鼓山は、入母屋造り屋形を持つ大型の山車であり、山の胴部分に太鼓が取り付けられている。太鼓は山車の側面に立って叩かなければならないため、山車が停止状態にある場合にのみ叩かれる。
太鼓を叩く場合、地元で手作りされた一本ぶちを用いるが、その叩き方は野球のバットを振るようにして力任せに、「ドーンードーンードーン」と片側、或いは両側から一定の速さで打つ。これは「いもち」の際用いられるものと非常に類似している。また鉦は太鼓合せて叩くが、この時鉦の外側(背の部分)しか叩かないのが特徴である。
山車の曳行の際には伊勢音頭が唄われる。木遣節に近いものであり、山車は道中この伊勢音頭の合いの手を合図に一気に曳かれる。そして広い場所に来るとグルグル回される。
この場合、山車には梶棒が設けられていないため、前後に取付けられた曳き綱をそれぞれ20人程が反対方向に引き、回転させる。
水打ちの神事
火伏の神として八天宮を祭り、防火のために各村の家々に水を打つという、「水打ちの神事」が今も坂本を初め、上相場、古田、東禅寺、石川、長尾、等の各地区に残されており、大変珍しい神事である。
八天宮は桑名藩主松平定重公の母の夢のお告げで感得した神で、歴代の領主が防火の神として信仰し、お触れまで出して領村に祭らされた由緒ある神であるという。
そのお触書には、「火防のため八天宮を町村毎に祭り置き、毎月3日に一桶相供え、右水を町内の屋根へ打ち申すべし。もっとも11月辰の日は、餅・酒一樽・神灯相供え水は前文の通り打申すべき事」とある。
稲熱送り(いもちおくり)・虫送り
田には田の神がましますと昔から信じられている。稲熱送りには先頭の自治区長が御弊を持ち、次は2人が担ぐ鉦を打ち鳴らし、後に続く村民は九尺余りの松明を掲げ行列になって畦道を進む。これは田の神に五穀豊穣をお祈りする行事である。
稲には稲熱病という病菌が寄生し害を及ぼすことがある。また、害虫が豊作を阻害することもある。これらの被害から稲を守るため、先人の知恵で、稲熱送りを始めたものと想像できる。
この行事は、毎年、梅雨が明ける7月末頃の夕刻、頬かむり、手甲脚半姿の村民総出で参加する。穂ばらみかけた稲穂を照らしながら、松明の行列が鉦の音に合わせ、ゆっくりと蛇行しながら山里の田園を進む様は、幻想的であり、一服の清涼感を満喫することが出来ると共に、地域になくてはならない風物詩である。(坂本・大貝戸地区)
| 神社 コード |
4202050 |
|---|---|
| 鎮座地 | いなべ市藤原町坂本83 |
| 御祭神 | 《主》大山咋命《合》火産霊神、軻遇突智命、大山祇命、市杵島姫命、琴平大神、稲倉魂命、豊宇迦比賣命、猿田彦命、大山津見命 |
| 祭祀 | 元旦祭 元日 祈年祭奉告祭 3月第3日曜日 夏越大祓祭・山の神祭 6月第2日曜日 秋祭 10月第2日曜日 新嘗祭・七五三 11月第3日曜日 大祓・除夜祭・篝火点火祭 大晦日 |
