圡生神社   – はぼうじんじゃ –

由 緒

古くは鳥取神社といい式内社と考えられたこともあった。大正11年 (1922)土生神社と社名を変え、同13年(1924)郷社に昇格した。文政12年(1829)12月30日火災にあい、神宝記録を失い創立年月は不詳。神社保有の書には、別当寺として加納山円通寺のあったこと、祭日には獅子舞の奉納があり、競馬、寄合角力の神賑行事が盛大に行われたことが記されており、古くから近郷に著名な社であった。『伊勢輯雑記』に、「村の南字土生山に在、神殿東向、祭神土生大明神、伝云往古は南向なりと。拝殿在、土生大明神の額あり、社境は広大なり、又境内より南北に員弁、朝明の大川並両郡衆村一瞬に見え、眺望優絶の所也、鳥居坂の上り口に有、文化11年(1814)立つ、木燈籠一基同年戌2月出来、三石邨氏子中と書けり、又、一面に梅戸村氏子中とも書けり、例祭2月2日梅戸郷中の惣社なり、夫当社を『伊勢国式内神躰考』には大谷神社とあるは如何誤りなるべし、天満宮 村の内に在、本宮東向拝殿在。」とある。『員弁郡郷土資料』には、「村社鳥取神社字舟臥の土生山にあり、天湯河板挙命、埴安姫分を祀る、其の創建不詳、維神前は梅戸郷即梅戸、金井、門前三村の総社なり、文政11年(1829)12月社殿炎上し神宝記録概ね灰燼となる、嘉永年中(1848~54)に社殿を再建す、明治5年(1872)村社に列せられ、明治42年(1909)この社に北野神社、山神社、境内社御鍬神社(即ち神鳳抄に梅戸御厨とある是なり)及北条の氏神神明社を合祀し、明治43年(1910)4月、更に南金井氏神八幡神社を合祀す(以下略)。」とある。

特殊神事

どんど祭り

 毎年1月初旬の日曜日に行われる。正月の松飾りを各家庭から貰い集めて、神社の境内で燃やし、出来た炭火で持参した餅を焼く。その焼いた餅を食べるとその年は病気に罹らないとの信仰がある。

 土生神社のどんど祭りは子供主体の行事で、13歳の子供を小大将、14歳の子供を大大将と言い行事の指揮を執る。

 一般の氏子も、この日を待って神社の境内に集まり、新年の挨拶を交わすなどして、大賑わいとなる。(平成20年の参加者は200人であった) 


掛行燈祭り

 天神祭りとも言う。毎年7月24日、25日に、神社の参道に手作りの「掛行燈」を掛けて、書画の出来栄えを競う神事である。

 その起源は不明であるが、明治の初めに、飛地境内社として北野神社(祭神菅原道真公)があり、学問の向上を願って子供達が行った神事である。今も盛大に受け継がれている。







山曳き神事

 毎年8月15日に行われる神事で、神社での祭典の後、山曳き保存会を 中心に自治会・子供会も参加して、氏子地域である梅戸の町内を巡行する 伝統ある神事である。

神社
コード
4202069
鎮座地 いなべ市大安町梅戸2344
御祭神 《主》埴安姫命《合》天湯河板挙命、天照大御神、大山祇神、菅原道真
祭祀 春祭 3月初旬
秋祭 10月初旬