伊奈冨神社   – いのうじんじゃ –

由 緒

当神社は社伝によれば、神代、東ケ岡(鈴鹿サーキット地内)に御神霊が出現せられ、霊夢の神告により崇神天皇5年勅使参向のもと、「占木」の地にて社殿造営の地を占われ、神路ケ岡に大宮・西宮・三大神を鎮祭されました。その後仲哀天皇の御子品屋別命の子孫(磯部氏)が代々当社の神主として仕え、雄略天皇5年には数種の幣物が奉納され、主祭神保食神には「那江大国道命」の御神号を賜わりました。降って奈良時代天平年間、行基上人が別当寺の神宮寺を建立され、更に平安時代天長年間には弘法大師が参籠の折、菩薩堂を建立して3社の本地仏を祀り、七島池を一夜にして造られたと伝えられております。貞観7(865)年4月、正五位上より従四位下に進階し(三代実録)、延喜式内社に列しております。当時の神領は東は白子、西は国府、南は秋永、北は野町に及ぶ広大な面積でありました。鎌倉時代中頃には正一位に進階し、「文永11(1274)年3社に勅額を賜わり、以後「正一位稲生大明神」として武門武将からの尊信が寄せられました。また当社に伝わる獅子舞は、およそ1300年前の壬申の乱の後に、天武天皇が戦勝報賽に獣神を埋納されたのに始まり、前出の弘法大師参籠の折に大師が獅子頭を奉製し、また承安4(1174)年の銘が入った獅子頭が残されており、現在も古例に則り3年に1度(丑辰未戌の年)舞われています。今日では、2月の初めころ頃より4月16日の例祭まで稲生町内を歴舞していますが、古くは遠く伊勢の方まで歴舞していた記録が残っており、またその演目は伊勢大神楽の原型をなすものとも言われております。」

特殊神事

獅子神楽 丑・辰・未・戌の年(舞年)の2月から4月16日(例祭日)まで

 当社の獅子舞は、大宮・西宮・三大神・菩薩堂の四頭で舞う、全国的にも稀有なもので、昭和37年に県の無形文化財に指定された。その歴史を紐解けば凡そ1300年前、壬申の乱の際、天武天皇が戦勝を祈願し、その報賽に獣神を奉納され、平安時代初期には弘法大師が獅子頭を奉納、平安時代後期には高倉天皇が四頭の獅子頭を奉納されるなど、古くより現在に至るまで連綿と受け継がれている。また凡そ800年前の鎌倉時代の弘安3年(1280)に作られた獅子頭(県指定文化財)が現存しており、目に見えてその歴史を感じる事が出来る。江戸時代には北勢から中勢、遠くは伊勢まで回檀していた記録も見られる。

 古来より3年に一度、即ち丑・辰・未・戊の年(舞年)に奉仕され、大人と子供総勢21名でつとめる。これらの者を神役という。2月上旬の神社での舞(衣付けの舞)に始まり、その後4月の式年大祭(舞込み)まで町内各所を回檀し、四頭の獅子が扇の舞の他8つの舞を約90分かけて舞わす。

神社
コード
4219006
鎮座地 鈴鹿市稲生西2-24-20
電話番号 059-386-4852
御祭神 《主》保食神大国道命、《合》豊宇賀能売命、稚産霊神、鳴雷光神、大山祇命
WEB
サイト
http://inou-jinja.com/