大杉社   – おおすぎしゃ –

由 緒

社伝及び『神社明細書』にも勧靖年月不詳と記し、古くより大杉神明宮と称されたと記すのみである。美鹿地区の産土神として厚く崇敬されている。明治6年(1873)1月付社列格。同44年(1911)1月境内社八幡社、白山社、苗代社、火産霊社、字入谷目鎮座の山神社、字真之谷鎮座の伊奈利札を合祀している。境内には樹齢900年とも言われる大きな杉の木があり、地上2mのところで二つの幹に分かれており、2本の木が合着したような形をしている。ひときわ大きい神明杉は、樹高約30m、根回り約9mで、古くから神の象徴として崇められ、社名もこのスギに由来しているという。昭和18年(1943)4月22日に県の天然記念物に指定された。

特殊神事

弥平治祭り 毎年4月15日前後の日曜日

 大杉社に次のような昔話が残っており今なおお祭りが続けられている。

 むかしむかし、今から約三百年位前のことじゃった。その頃五穀といって米、麦、アワ、キビ、豆など農作物を年貢として殿様に納めておったそうな。ある年のこと豆不作により、年貢の豆を納めることができないため、時の庄屋松崎弥平治さんは、年貢豆不納許可の申し出をしました。

 役人は百姓を呼び出して「豆は取れなかったのか」と尋ねられ、そのとおり言えばよかったものをその百姓は、役人を恐れて不作で取れなかったのに「取れました」と答えてしまったので、役人は、庄屋が嘘の申し立てをしたとして、呼び出され罪に服されてしまいました。庄屋さんは、村人を救おうとしたのに、百姓が嘘を言ったと残念がり、「わが思いでこの地からは豆を採らせぬ」と言い残し罪に服したとか。

 そんなことを知らない村人はどうしたものかと占師に尋ねたら占師は「庄屋の松崎弥平治様を神として祀るとよい」との御告げにより、それから神社の境内に社殿を建立してお祀りをするようになりました。するとどうでしょう。今まで採れなかった豆がもとどおりたくさん採れるようになりました。以後、毎年四月十五日には感謝をこめて弥平治祭りの祭典が今も引き継がれています。(社殿老朽のため昭和三年に大杉神社に併社されています。)

出展 思い出を残す会  美鹿  石川 伝一

神社
コード
4201018
鎮座地 桑名市多度町美鹿 544
御祭神 《主》天照大神、《合》品陀和気命、白山比咩命、火之夜芸速男命、大山津見神、宇迦之御魂神、《配》弥兵次
祭祀 祈年祭・弥平治祭・野上祭・例祭・新嘗祭・大祓