春日神社(稗田)   – かすがじんじゃ –

由 緒

創祀は伏見天皇(御在位1287~98)以前。「大和國奈良春日神社ヨリ桑名郷、中臣(桑名)春日神社ヘ分奉奉祀セラルル時、員弁郡平群ヲ経テ、当稗田、春日神社ニ御小休アリ」とある。伏見天皇永仁4年(1296)、後村上天皇(後光厳天皇)御代に桑名郷増田庄・庄司後藤治郎基貞厚く奉祀したが、天正2年(1574)同氏末裔・後藤八五郎基成、織田方の兵火により諸記録焼失すると伝える。「勢桑見聞畧志」には「神護景雲年中(767~770)常陸国鹿島ヨリ山城国牧岡ニ任サレシ■(漢字一字表記左側「日」右側「之」)此地ニ一宿シ玉フ假殿ノ地ナリ鹿島ニテハ中臣神ト云(中略)春日ノ地ニ祭リ玉ヒシヨリ春日ノ神ト傅フ此中臣神社ヲ里民中臣神社ト不云シテ此春日ハ奈良ノ春日ヨリハ始ト云ヘル里語モ是故ナリ時ニ慶長年中(1596~1614)本多忠勝候此中臣神社ヲ城下桑名神社ノ地ニ任サレシヨリ今城下春日社ハ此中臣神社ナリ其旧跡ニモ春日ヲ祭リ中臣神社不云シテ社アリ」とある。

特殊神事

どんど祭り(爆竹祭・火防神祭)
正月三が日後の最初の日曜日(年により変更あり)

 歴史は古いが起源は詳らかではない。江戸時代桑名藩の頃からとされる。

 当社の創祀は伏見天皇(在位1287~1298)以前とされるが、明治以前より大山津見神とともに火産霊神を火の神・八天宮としてお祀りしている。この神事は、山の樹木をその土地に戻すという意味とともに村の火災予防を願って行われている (八天宮の詳細については額田神社(増田)の特殊神事「八天宮祭(火防神祭)」の項参照)。

 祭りの当日、神社の門松を崩した松・竹を芯としてその周囲に農家から集めた藁、家庭の古札や神事の古品等を積み上げて人の背丈ほどの櫓を作る。拝殿で祭礼の後、櫓を祓い祭礼の御神火で着火し、燃え盛った後に柱をその年の歳徳神(あきの方)に倒して終了する。

 燠(おき)になった火で、氏子が持参した鏡餅等を焼いて食す。また燃えた木の枝を自宅に持ち帰り屋根の上に投げ上げて火防のまじないとする。かつては、どんどの火を縄に移して持ち帰り竈(かまど)の種火ともした。

 「くろこげの餅見失ふどんどかな」室生犀星

八天宮祭(火防神祭) 8月第1日曜日(年により変更あり)

 歴史は古いが起源は詳らかではない。当社は、明治以前より火産霊神を八天宮・火伏(火防)の神としてお祀りしているが、古老の言に拠れば江戸時代桑名藩主の命により始まったとされる(謂われや八天宮の詳細については、額田神社(増田)の特殊神事「八天宮祭(火防神祭)の項参照)。

 祭りは毎年8月に夏祭り・天神祭とともに催行される。神前に水を汲んだ桶・柄杓を供え祭礼の後、境内に祓いを受けた御神水を撒いて村内の火防を祈念する。額田神社(増田)に残っている各戸に水打ちして廻る神事は現在では行われていない。

神社
コード
4201074
鎮座地 桑名市大字稗田 393
御祭神 《主》建御雷之男神、《配》斎主神、天児屋根命、姫大神
祭祀 例祭 10月18日